ヲタママ女医がいろいろ語ってみるか

普段はいたって普通のお医者さん、中身はオタク、一応ママ。少々腐ってます。

思えば中二病だった(過去の黒歴史)

 昨年ネット復帰して、時々見かけるようになった「中二病」という単語(←今頃知って遅いですが)

 中二病(ちゅうにびょう)とは、「(日本の教育制度における)中学2年生頃の思春期に見られる、背伸びしがちな言動」を自虐する語(Wikipediaより)

  思えば、自分も中二の頃(1990年ごろ)ちゃっかりこの病にかかってた気がするんです。

 私の地元は、民放3局しかないど田舎で、昨日書いた「サムライトルーパー」とかTV放送してない地域。それなのに何で知ってしまったかというと、当時から漫画やアニメが好きな子供だったため、「アニメージュ」を愛読しており、かっこいい男の子達が鎧を着て戦うアニメが流行っているということだけは理解していて、アニメも見てないのにキャラクターだけみて萌えて、〇〇かっこいいとかいってたんです(周りは当然誰も知らない)。

  当時の「アニメージュ」って、キャラクター人気投票でいつも1位は「ナウシカ」2位は「シータ」、3位が「ナディア」とかだった記憶が。今はどうなんだろ。

 

 あまりに周りが知らないので、友達欲しさに、もう一つ愛読していた「ファンロード」で文通相手を探したり(今はネットがあっていいですよね)、好きなアニメのファンで作った会報(コピー用紙でホッチキスで止めてあり、会員同士で絵をかいたりするあれです)を郵送してもらったり。会費は小為替で納入とか。

 その後、ただのアニメ好きから腐女子に転げおちる転機がやってきました。中2の時、大阪から転校生Yちゃんが来たのです。Yちゃんは、小柄で可愛らしくおとなしい感じの子だったので、あまり周りとなじめずぽつんとひとりでいることが多く気になっていました(当時の私は学級委員)。遠目で彼女を観察していた時、持ち物に「トルーパー」の下敷きを持っているのを発見し、「これは!」と思った私はすぐに声をかけたのでした。

 このYちゃんとの出会いが、今思えば大事な出会いでしたね~。Yちゃんは、大阪(当時の私から見ると大都会)から来ただけあって、いろんなグッズやビデオ(VHSですよ)を持っていたし、今思えばYちゃんのお母さん(今60代くらいか)が元祖腐女子で、娘とともに沢山の薄い本(C翼、トルーパー、星矢など)を所持しておられて、そこでBL(当時は「やおい」って言ってました)を教えてもらったのです。初めて読んだのは、C翼の「健小次」だったかな(今は商業誌でもご活躍の大御所さんをたくさん持っておられた)。もう目からウロコで~こういう世界もあるんだって、すぐに虜になった私。

 当時の私は休みになると、もう1人の小学校時代からの友達とともに彼女の家に入り浸って、ひたすらアニメや漫画の話で盛り上がるという生活を送っていました。3人でサークル作って、同じ中学の一学年上の絵の上手なオタな先輩とともに、会誌を作ったり、地元の小さなイベントに参加して薄い本を買うようになったり(コミケとかは田舎の中学生にはさすがに行けず)。

 ここまではよくある話だと思うんですが、、、当時の私は中二病。この素晴らしい世界をもっとみんなが知るべきだ!と、、、なぜか思ったようで。。。

 Yちゃんと一緒に、夏休みの共同研究として「アニメの歴史、やおいの歴史」というテーマでポスター発表をしちゃったのです(ああ、恥ずかしい当時の私←だれか止めてくれ)。まあ、周りは当然ポカーンですよw。だけど、意外と当時の美術教師には「なかなかいい研究だ」とほめられました、なんでだろ。(いつも長い物差しを持っていて、生徒が悪さすると、その物差しを鼻の穴にツッコむちょっと変わった先生でしたが・・・)。まあ、こんなど田舎でこんなことを研究発表する奴はいないわなーーーー。当時の自分を殴ってやりたい。

 他にも痛い話はあるのですが、上記が一番痛い中二エピソードです。

 

 高校時代はわりと平穏に過ごし(進学校の高校のクラスメートには一切オタクがいなかった)、なんとか地元の地方公立医学部に合格。まー、医学部だし、今後ヲタクな友人なんてできないだろうなーと思っていたら、いたんです。医大生時代の6年間、ずっと私のオタク話に付き合ってくれたMちゃんが。好きなジャンルは違えど、夜な夜な家に集まって、お酒飲みながらだらだらと漫画読んだりゲームしたり、「やれ、誰が受けだ攻めだ」語り合ったり、一緒に同人誌作ったり、イベントに買いに行ったり。彼女はとても絵も上手で、私の「これ描いて!」ってリクエストにいろいろ答えてくれました。大学生の一人暮らし最高でしたね。彼氏とか全然いなくても楽しかったー。

 医学部は、割と普段は自由にしてるんですが、試験期間になると家にこもってひたすら勉強しなくちゃならない学部(試験教科が多い上に、試験期間が長く、試験範囲も広い)。試験期間は、勉強が辛くなると、お互いFAXで

「もーだめだ、どうか私に萌えを注入してくれ」と試験勉強で疲れ切った脳で、腐った絵を送り

「こっちももうだめそう、それでもこれでなんとかがんばれ」とかいって、これまた腐った画が送られてきたり。

「もう、あきらめて寝ていいっすか!」送ると、「あきらめたら、そこで試験終了だよ」と安西先生の画が送られてきたりして。。。。

 ま、当時はFAX大活躍でした。試験期間中が、一番FAXをやり取りしまくってましたね。内容はひどかったなーー。別の友人は、ひたすらドラえもんの顔をつないで「細胞増殖」とかいう絵を送ってきてたの今でも思い出すわ。そんな彼女たちも、今は立派な内科医になってます。

 今のお嬢様方は、LINEやTwitterで、こういうやり取りをされてるんですよね、きっと。

 

 そんな生活送りながらも何とか無事卒業&国家試験に合格して、研修医突入してからは、さすがにもう時間がなくて、きっぱり足を洗って、引っ越しと同時にほぼすべての本を処分したんですけどね、、、、、なぜ、ここでこんなブログをまた書いてるんだろ、私。体の細胞の中にオタク菌が入り込んでて、日和見感染的に、どこかに隙があると出てくるものだろうか。まるで結核菌のようだねー、はあ。