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ヲタママ女医がいろいろ語ってみるか

普段はいたって普通のお医者さん、中身はオタク、一応ママ。少々腐ってます。

『インサイド・ヘッド』見てきたよ

マンガ・アニメ感想

 今日は、娘のリクエストで、ディズニー映画『インサイド・ヘッド』を見てきました。公式サイトの予告編はこちら↓


映画『インサイド・ヘッド』最新予告編 - YouTube

 

 事前の情報を全く知らず、娘に「どんなお話なの?」と聞くと、「頭の中の話だよ」と言われ???????って感じで、鑑賞に臨みましたよ。

 

 映画が始まる前に、ドリカムの歌う主題歌「愛しのライリー」とともに、沢山の子供写真、家族写真がミュージックビデオのように流れました。

「愛しのライリー」はこちらの公式サイトの予告から↓。


『インサイド・ヘッド』音楽予告 - YouTube

 

 私、この映画前の歌と特別映像を「ドリカムらしい、いい曲だな~」「赤ちゃんの写真可愛い~。娘もこんな頃があったなあ」とか、フツーに眺めて特になんとも思わなかったんですよ。でも、映画観た後に、ネットで感想を見てみると、この映画前の特別映像が「酷評」されているみたいでした。「映画に関係ないとか」「他人の幸せ家族写真見たくないとか」・・・・。なんだか、「年賀状で他人の子供の写真なんて見たくない」論争と似てるなあって思って。立場が違えば、感じ方が違うんですね。 

 多分、まずかったのは「映画の始まる前」に持ってきたってことだと思います。『ベイマックス』みたいに、日本語の主題歌は最後のEDに持ってくれば、ここまで言われなかったんじゃないかな。映画を見た後の方が、歌詞に込められた「ヨコロビ」とか「カナシミ」とかの意味も分かって、この「愛しのライリー」を聞いたとき、映画の場面が思い出されて、より泣けたのじゃないかなって思います。見たくない人は、本編だけ見てED聞かずに帰ればいいのだし。

 

以下、映画の感想(ネタバレ有、注意)

 

公式サイトのあらすじより

いつでも笑っていたいのに、なぜカナシミは必要なの?

11才の女の子、ライリーの頭の中に存在する5つの感情たち---ヨロコビ、イカリ、ムカムカ、ビビリ、そしてカナシミ。彼らは、ライリーを幸せにするために奮闘の日々。だが、ライリーを悲しませることしかできないカナシミの役割だけは、大きな謎に包まれていた…。
そんなある日、見知らぬ街への引っ越しをきっかけに不安定になったライリーの心が、感情たちにも大事件を巻き起こす。頭の中の“司令部”からヨロコビとカナシミが放り出され、ライリーは2つの感情を失ってしまったのだ! このままでは、ライリーの心が壊れてしまう! 果たして感情たちは、ライリーの危機を救うことができるのだろうか? そして、カナシミに隠された、驚くべき<秘密>とは…?

 

 上記のあらすじを知らずに見たので、映画が始まってすぐ「あ、これは脳内の感情が擬人化された物語なんだな」と気がついて、がぜん興味がひかれました。何しろ、この私のブログでも、いつも「擬人化」妄想やってますしw。モノでもなんでも「擬人化」すると、その感情が妄想しやすいですよね。

 いつでもポジティブな「ヨロコビ」は、ちょっと自己中で突っ走りがち。反対に、いつもネガティブな「カナシミ」は、最初は「ヨコロビ」に邪魔者扱いされる。この二人が一緒に冒険することで、物語は進んでいきます。対照的な二人です。

 そりゃ、いつでも楽しければいいけれど、人間だもの「悲しい」時もある。「悲しい」時は、無理に笑顔になろうとせずに、悲しみの感情をだして、身近な人と一緒に悲しんでこそ乗り越えることができるんだな。だから「カナシミ」という感情が必要なんだなって思わせてくれるラストでした(と、私は受け取りました)。

  映画を見た後、娘に「どこが良かった?」と感想を聞くと、「最後の、家族が悲しみを理解しあって抱き合うシーンに感動した」と言ってましたし。小学校1年生でもわかるんですねえ。ちょっと大人向けの内容かなって思いながら私は見てましたけど。

 

 色んな感情が「擬人化」される様は面白かったし、子供は「ピーマンが嫌い」「嫌いなものを食べさせるためデザートでつる」とかは、万国共通なのだなーと興味深かった。

 主人公の子供だけでなく、母親、父親の脳内感情も結構楽しかったですよ。「母親が、旦那さんにわかってほしくて目配せしてるのに、他のことを考えていて全く気が付いてない旦那さん」とか、あるあるだなって。まあ、男性に察しろってことが無理なんですよねえw『話を聞かない男、地図が読めない女』って本を思い出しました。

 家族構成が「父・母・娘」と3人家族で、我が家と同じ構成なので、「自分の娘の感情」を見ているようでもあり、私は感情移入しやすかったです。主人公が「男の子」だったら、また違う物語になってた気がする・・・。

 いつも「娘の頭の中はどうなってるんだ?」て思ってまして。特に小さい頃は、急に泣き出したり、ぬいぐるみに向かって何やらしゃべって自分の世界を作っていたり。小さい子供の空想の人物を擬人化した「ビンボン」というキャラクターも印象的でしたね。11歳って、子供から大人に変わりかける時期で、小さい頃の空想上のキャラクターを忘れていく時期とも一致するなって。「ビンボン」とお別れするのは悲しかったけれど、それが大人になっていくことなんだなと。そういうところも汲み取れた作品でした。

 (最初「ビンボン」を「ビンボー」という名前だと思っていて、「どこが貧乏?」ふっくらして裕福そうなキャラなのにって思ってました。ああ、勘違い・・・・そういう人いませんでした?私だけ?)

 

 期待してないどころか、全く知らなかったけど、私は見てよかったな。

 

 ただ、自分の脳内の感情が擬人化されたらどんなキャラクターになるだろう。。。。とか途中考えてまして、、、、、「ヨロコビ」「カナシミ」はまだしも「モウソウ」はどうなるんだ・・・・もう大豆には戻れない腐った納豆の幽霊みたいなキャラクターになるのか!!とか、

 「ヨロコビ」「カナシミ」の感情の割合だけじゃなく、「仕事してる真面目な私」VS「妄想してる腐真面目な私」の割合はどうなんだろうとか、、、どうでもいいことを考えてしまいました。悪い癖ですね。

 

 妄想する自分の感情は止められないようです、私。