ヲタママ女医がいろいろ語ってみるか

普段はいたって普通のお医者さん、中身はオタク、一応ママ。少々腐ってます。

「かくかくしかじか」

 9月4日から、毎週金曜日に放送開始のNHKの番組『漫勉』を視聴しました。第一回のゲストは「東村アキコ」さん。下のサイトで少し内容に触れられます。

 この番組、漫画家の漫画制作現場にカメラが入って撮影し、その様子のVTR見ながら、浦沢先生とゲストの漫画家さんが対談するっていう、漫画好きにとってはすごく豪華な内容になってます。いつも読んでる漫画がどうやってできるのか、まさに描いてるところが見られるんです。紙とペン一つで、壮大な物語が出来上がる様は見ていて気持ちよくって。背景書き込むより、顔の表情、目の表情に一番こだわっておられたりするお話など興味深かった。プロの仕事はすごい。

 息子さんを育児中のママでもあり、限られた時間で仕事を仕上げる努力をされているところとか、同じワーママとして、共感する場面も多かったです。年も同じくらいで、子供の頃「りぼんっこ」だったところとか、ああ、育った時代背景も一緒だなあって。

 

 そして、私は東村先生大好きなんです。

 娘を出産して間もなく、実家に軟禁状態だったころ、慣れない育児がしんどくて、育児エッセイなどを読みふけってまして(基本、エッセイ漫画は大好物。)ネットで取り寄せて読んだママはテンパリストにずいぶん笑わせてもらったんです。息子さんのごっちゃん可愛い、娘もいずれこうなるんだ~つらいのは今だけ、今だけって。以来、東村ファンで、ある程度作品を読み込んでます。

 

 東村先生の作品の中でも、一番好きで、涙したのが「かくかくしかじか」。先生は、人間のほんとに細かいところに目ざといというか、人物描写がお上手だなって。特に私は、東村先生のエッセイ漫画が好きです。

  「かくかくしかじか」の感想を書こうと思ったのに、前置きが長くってスイマセン。やっと本題。漫画大賞を取られた有名な作品だから、今さら私が感想を書くこともないだろうって思ってたんですけどね。NHKの番組見て、どうしても書きたくなっちゃって。ちょいちょい、自分語りが入って長いので、以下興味ある方だけ読んで下さい。

 

 簡単に紹介すると、この作品は、東村先生の自伝漫画。小学生~高校生から大学生~社会人、そして売れっ子漫画家になるまでの過程、特に、高校生の時に通った絵画教室の「日高先生」との関係が主に描かれてます。

 いつも竹刀をもって、生徒に「絵を描け」と厳しい日高先生。とにかく「絵」が大好きで、「絵」に対して真面目、生徒の事も本気で指導されているこの先生の存在が、東村先生の今の画力や作画スピードを支えてらっしゃるんだなあって。

 日高先生が、私が中学生の時の美術の先生によく似てまして。いつも長ーい定規をもって、生徒が悪さするとぺちっとする先生でした。抽象画を描く先生で、学生に教えながら自分で個展を開いたり、いわゆる芸術家タイプの先生。でも、私の中学生時代の黒歴史の夏休みの自由研究「アニメの歴史&やおいの研究」に理解示してくれたのもこの先生だったなあって、読みながら懐かしく思い出しました。

 

  いませんか?今の自分を育ててくれた恩師の存在って。普段の生活では忘れているけれど、今振り返ると、ああ、あの人のおかげで今の仕事ができてるなあって思う人。

 

 日高先生は、とにかく生徒に「描け!」と、絵を描かせるんです。絵が上達するのって、「描く」以外に方法はないんでしょうね。この辺、スポーツも楽器も一緒で、練習以外に上達する方法なんてない。まあ、勉強もその一つかな。

 東村先生は、指導を受けて美大に見事合格されるものの、やりたいことは絵画ではなく、漫画。大学在学中は、若者にありがちな、つい目先の楽しいことに夢中になってしまわれます。大学卒業後、地元に戻って教室のお手伝いに、仕事に、夜中に漫画を描いて。あの何もしなかった大学生時代に、もっと漫画の勉強してればよかったと後悔したり。こういうところを正直に描かれるのが東村先生の素敵なところですね。自分の中の、嫌な部分を正直に見せるのって勇気いりますよ。あんなに人気の漫画家さんにも、下積み時代、修業時代があったんだなって・・・・よく考えれば当たり前のことですけど。

 この漫画は、今まで自分を育ててくれた人とのかかわりを思い出させてくれて、若い人が読むより、人生半ば過ぎた(アラフォーくらい)「若い時、ああすればよかったなあ」って思う歳になって読むとより共感できる作品だと思います。

 

 私、5巻の最後まで読んで、しばらく涙とまりませんでしたから。

 

 自分自身、今、こうして子供を持っても、仕事して手術もできているのは、初期に指導してくれた先生方のおかげ以上の何物でもなくて。外科系って、手術は一種の技の伝授。「描け」同様、「切れ」です。手技書を読んでも手術できるようにはなりません。

 手術が上達するには「切り」まくることが大事なんです(怖いこと言いますが)。だから、手術が上手くなりたい人は、手術症例が多い病院での勤務を望みます。ただ、手術症例が多いからと言って、自分に執刀させてくれるかはまた別で。多いけれど、医者の人数も多くて、執刀の機会が少ないって有名病院も多々あるんですよ。これから研修先を選んで、手術上手くなりたいって若手の先生は、「指導する先生がどういう手術が得意で、自分がどれだけ執刀させてもらう機会が得られるか」を調べるのが大事ではないかと。

 

 研修医の頃から、研修先の上司が割と切らせてくれる上司でした。ある程度、歳を取って後輩が増えた今、言えることですが、下に手術させるくらいなら、もう自分でやっちゃった方が早いし、上手くできるのはわかってるんです。でも、それじゃ若手が育たない。

 研修先から4年目くらいに大学病院に戻って、大学院生になった時。当時の上司二人と、院生の私の3人だけで、とある専門分野の治療をしてました。戻ってすぐの若手なのに、私にできそうな手術はどんどん回してもらって(人が少なくてする人がいなかったのもありましたが)。そこに男女の差は全くなし。おかげで、研究は全く進まず、大学院生なのに手術ばかりの日々で。(その研究を指導してくれた教官にも、今更ながら申し訳なく思ってて、今その分野の勉強もしつつ臨床やってます)。

 大学院生の途中で、結婚が決まっても、「医局を離れますっ」ていうのに半年くらい悩んでましたし。こんなにいろいろ教えていただいて、育てていただいたのに自分都合で辞めるって言い出すのが、申し訳なさ過ぎて言えなかった。

 この辺、「かくかくしかじか」で、東村先生が日高先生に、漫画のため大阪に引っ越すことをなかなか言い出せなかったのとデジャブするんです。

 大学を辞めて、今の病院に就職して、そこでも自分にどんどん仕事を任せてもらって、馬鹿な私なのに上司にだけは恵まれたなあって思ってます。「お前、手術向いてる」って言われた時は、単純だから嬉しくって。

 子供ができても、半年で復帰して、手術もしてるのは、今まで育ててくれた先生への恩返しの意味もあるかなあ。1年休んだら、メス持てなくなるかもって恐怖もあった。

 はっきり言ってしんどいし、手術するの辞めようかなって思ったこともありますよ。実際、独身の時は手術していても、結婚、出産でメスを置く女医さんも多いし。

 それはそれで個人の自由で否定しません、私。そういう子育て中の女性医師が検査や外来手伝ってくれれば、他の先生は手術に集中できるから、正直有難いし、そういう先生欲してます、今。外科系なのに手術しないなんてって引け目を感じることもないと思ってますよ。私は「あ~、この外来1コマだけでも変わってもらえれば、私もっと手術できるのに~って」思ってますからね。

 ただ、自分自身はできる限り、手術はやっていこうかなって。切らなくなったら切れなくなる。娘がもっと大きくなって手がかからなくなったら、新しい手術手技も身に着けたい。人生半分すぎても、まだまだ仕事の上ではこれからだぞっと。

 というのも、今の病院で80歳も過ぎた上司が、まだまだ新しい治療や発見をしたい、もっと学会で発表したい、「先生はいいなあまだ若くて」と常に貪欲であったのに影響受けてるかもしれません。 

 今の自分は、自分だけでここまで来れたのじゃない、釣り上げてすくいあげて、引っ張ってくれた先輩達がいてこそである。その気持ちを忘れずに生きたいと「かくかくしかじか」を読むと思い出し、泣けてしまう私です。

 

 

 久々に真面目エントリー書いてしまったよ。自分語りスイマセンでした。