ヲタママ女医がいろいろ語ってみるか

普段はいたって普通のお医者さん、中身はオタク、一応ママ。少々腐ってます。

ドラマ2期「コウノドリ」第10話感想

 日々の忙しさで一週間があっという間に過ぎていき、気が付いたらもう金曜日。金曜日と言ったらドラマコウノドリ。ついにあと2話を残すところとなってしまいました。

終わりが近づいて、もうすでにちょっと寂しい気分。

 

  10話のテーマは出生前検査。

 

 出生前検査、昔はありませんでした。もっと昔はエコー検査も。産まれてくるまで性別すらもわからない時代、更に昔は妊娠したら産むしかなかった時代。

 そんな時には、今回のお話のような悩みはなかった(というか、出来なかった)のかもしれません。医療の発達とともに、事前にわかるようになったことが増え、治療の選択肢が増え、「こうすることも、ああすることも」できるという自由が増えていく。そして、その選択が正しかったのか後で「〇〇だったら、もし〇〇であれば」と後悔することにもなる。

 自由が増えるのは素晴らしいことですが、その中から自分にとって一番良いと思うものを自ら選ばなければならないプレッシャー。自由=自分の責任が増える事とも言えるのかなあと。だからこそ、何が正解ということもなく、選択は個人によって違うものになるのはわかる。当事者の方が出された決断に医療者は寄り添うことしかできないけど、中絶を選ばれたとき、赤ちゃんが大好きなサクラ先生は辛かっただろうな。「僕は冷静でしたか?」って、必死で自分の意見を言わないように心を抑えて、患者さんの選択を見守るサクラ先生や小松さん。こういう時って医療者もつい自分の感情から「〇〇したほうがいい」とか言ったり、患者さんに「先生はどう思いますか?」って聞かれたりすると、自分の意見を言ってしまいそうになったりするんです。

 二組の夫婦を通じて、ダウン症の子を育てているお母さんを通じて、サクラ先生、四宮先生、倉崎先生、今橋先生を通じて、いろんな選択肢が丁寧に描かれているなあと言うのが10話の正直な感想です。

 それだけに見ていて辛くて、辛くて、ほんとにつらかった

 

 冒頭で、高山さん夫婦が「新出生前検査」を受けて結果が封書だけで届いてその後のケアがない事はどうなの?あんなに簡単に検査が受けられるの?というのは、10話の監修をされた宋先生の以下の記事に詳しく書かれています。

 先生の記事の中で

 親になる人がキャパシティーをより大きく持てる社会にするにはどうすればいいかを議論したい

  と言う文章に、そう、そこが大事だよねと。本来、出生前検査は、産む、産まないを選択するものではなく、事前にお腹の中の子供の状態を知り、産後の早期からの赤ちゃんのケアにつなげるのが目的だったはず。

 障害がある子供を育てる事=苦労する(金銭的にも時間的にも、両親どころか、両親が亡くなった後はその兄弟も。今の日本では特に母親の負担は大きい)と言う社会である以上、産まれる前にあきらめることを選択する夫婦を責めることはできないと思います。二組目のご夫婦の、自分達だけでなくて上の子にも苦労をかけてしまうという気持ちもわかる。色んな家庭の事情があるし。。。

 

 と、色々思うだけにつらいんですよ~~~~~。

 

 悩むのが怖いから、受けないっていう武田さんの選択肢もわかる。私もそういう検査があるのは知っていたし、少し頭をよぎったけれど結局受けませんでした。遺伝疾患じゃなくても、早産、不慮の事故、発達障害、産まれてみないとわからない障がいは沢山あって、それを考えると、もう産まれたところ勝負で覚悟するしかないって思ったからなんですが、まあ、それは私の一つの選択で、他の人もそうするべきとは思いません。人は人ですから、他の選択肢があっても全然いいんです。

 

 「検査を受けなかった人、受けた人、赤ちゃんを産んだ人、産まなかった人、そのどの選択も間違ってない」というサクラ先生の言葉通りです。

 

 辻さん夫婦は、夫婦でよく話し合って、経済的な事、上のお子さんの事を考えて決断しているから、きっぱりと決められた。

 高山さん夫婦は、奥さんの「自分達で決めたい」っていう気持ちに、旦那さんが当事者としてあんまり寄り添っているようには見えなくて、そこが奥さんがなかなか決断できなかった理由じゃないかな。最後に「やっぱり産みたい」って言った時に、「私も一緒に育てるから」と抱きしめたのは母親。そこが、何故夫じゃないのか。子育てという夫婦の共同作業の当事者は夫ですよね。最後の11話につながっていくのでしょうが、そこが凄く気になりました。

 

 患者さんの為とはいえ、ほんとはやりたくない中絶を選択して辛そうなサクラ先生。医療者側にも正解はなくて、患者さんの選択によって自分が思ってたことをできないこともある。その思いには四宮先生他、周りの医療スタッフがしっかり支えてあげていました。自分の気持ちを患者さんにわかってもらう必要はないけれど、同じ立場の人間だからこそ同じ思いを共有できるって言うのはあるよねと。それが共有できる仲間がいるからこの仕事も続けられるのかなと最近思います。

 

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(10話より。ずっと何かを考えているサクラ先生の表情が印象的でした。机の上に3段重ねのカップ焼きそばも気になりましたが)

 

 そして、次はついに最終話。公式サイトの予告を見ると、小松さんの友達の武田さんの出産が大変なことに。原作でもあった、あの話がついに来るのですね。真弓ちゃんや、荻島先生、新井先生、なおとくんとなおと君のご両親も出演される様子。四宮先生のお父さんの事も気になってしょうがない。

 最終話15分拡大版、心して見たいと思います。

 

 では、ここからは思ったことをつらつらと。

 

 ご自身もダウン症のお子さんを育てていらっしゃる奥山さんが、ダウン症児のお母さん役として出演されていました。そのセリフに私一番泣いたんです。やっぱり、当事者の方の言葉って強い。

 「なんで出生前診断でわかるダウン症の子供達だけがはじかれるの?」「検査が当たり前になると、ダウン症のある子いなくなっちゃうんじゃないかなって。私この子の事ほんとに可愛いんだ」って。なんかすごい救われます。綺麗事かもしれないけれど、こんなお母さんばかりだったらと思わずにはいられないです。

 

 辛いサクラ先生にコーヒーを持ってきて寄り添う四宮先生。「ああ」の後の間が長くて、二人の間に流れるちょっとした空気の余韻に浸ってしまいました。

 四宮先生のお父さんが亡くなり、四宮先生が地元へ戻るときの二人の「大丈夫だ!」「大丈夫だ!」の応酬。それだけで通じる二人の愛も熱かったですね。

 

 お父さんから、四宮先生に送られたへその緒の入った輪島塗の箱。ああいうのあるんですね~素敵。娘のへその緒は持っていますが、出産した病院でもらった木箱に入ったままです。

 

 医療が発達するにつれ以前救えなかった命が救えるようになる、障がいを持っていても長生きできるようになる。それが人の幸福につながっていると医療者としては信じたい。そんな世の中になるにはどうしたらいいんだろう。今橋先生じゃないけど、ほんと難しいと思いながら仕事をする日々です(最後、しんみりしてすいません)。